ラベル イベント の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル イベント の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年6月3日水曜日

新茶の時期の「収穫」

「茶畑に行かねば」…と思うようになったのは、いつの頃か。

ブログやSNSといったメディアが普及したことで、
小売店さんのみならず、茶農家さんの情報を知ることが出来るようになった。
が、その「情報」は、あくまで画像、動画、テキストに過ぎず、香りもなければ、温度もない。
お茶好きというならば、一度は生産の現場に足を運ばなければならない。

お茶に関する「情報」を「体験」によって得たいという欲求が
今シーズンの新茶の生育とシンクロするようにグングン高まっていたところ、
以前、このブログでご紹介させていただいた「森井ファーム」さんの茶園に行く機会を得た。
新茶の収穫が始まって間もない、4月29日のことであった。

「香味の良い良質な茶は、比較的冷涼な河川の上・中流域の
朝霧のたつような地域で生産される」…と言われているが、
森井ファームさんの茶畑も、そんな条件が揃う、京都府南部、木津川市加茂町にある。

平坦部よりやや高い、山間部の傾斜を活かした畑。
森井さんのブログやSNSのページで池があることは知っていたが、
五感で得る「景色」の情報は、格別だなと。
(当然、このブログでもすべて伝わるわけではない)



宇治茶農家・四代目のご主人と奥様。
畝を挟んで、可搬型の摘採機を支えながら、注意深く新芽を刈り取る。
時期によって、お手伝いを頼むものの、基本的な作業は、ご夫婦でされるとのこと。




加茂地区は、「かぶせ茶」の産地として知られる。

遮光率の高い資材を被せる、「被覆栽培」を行うと、
チャは、わずかな日光を効率良く吸収するために、葉の面積を早く拡大させようとする。
結果、葉の厚みは薄く、葉脈の分布は粗になり、柔らかい新芽が育つ。
チャの旨味成分であるテアニンは、日光を受けるとカテキンに変化するが、
遮光することで、変化は抑制され、テアニンの旨味が残る。

被覆の効果は、味の異なる「かぶせ茶」の生産のみならず、
防霜、摘採時期の調節など、複数の目的もあるとか。
限られた土地、労働力を有効活用するための知恵と言えるだろう。



新茶の収穫は、新葉が4~5枚程度開いてから。
実際に摘採するのは、「一芯三葉」と呼ばれる上の部分だけ。
理想は、あくまで手摘みとされているが、極めて効率が悪い。
では、機械による収穫が効率的かというと、「そんなに単純なことではない」と知った。

古葉や木茎が混じらないように、摘採する畝をキレイにする必要がある。
屋外なので、当然、風が吹けば、周辺の木々から葉が舞い落ちてくる。
じゃあ一気に刈れば良いと、作業を急ぐと粗くなる。

機械はあくまで道具。道具である以上、コツ、ワザ、経験が求められる。
この日、新茶の収穫を手伝いに行ったボクと息子、友人のナカヤマさんは、
森井夫妻の職人的作業に見惚れながら、畝を行ったり来たりしたのであった。



お手伝いの内容は、作業を進めるご夫婦の先を行き、
摘採箇所にある異物を取り除くことと、摘んだ葉の入った袋の運搬。
陽の当たらない場所に、積み重ねないようにやさしく置く。
ふわっと広がる摘みたての茶の香りを忘れることはないだろう。
(何度も袋の中に飛び込んでみたいと思ったが、耐えた)

















この日、収穫した茶葉は、324キロ。速やかに、隣町、和束町の製茶工場へ。
特別に何をしたというわけではなかったものの、実に感慨深かった。

























「どうか美味しいお茶となって、誰かの気持ちを潤しますように」
と、まるで茶農家さんの気分になって畑に戻ると、
森井さんのご家族、友人の皆さんがランチの用意を。
茶畑の中で、いただく食事は格別(それ以外の表現を思いつかない)。
御礼とばかりに、友人のナカヤマさんが、
前日に製茶したばかりという森井ファームさんの「新茶」を淹れて、

「うまい!」
「茶を淹れた人の腕?」
「いや、茶を作った人の腕でしょう!」
「では、その両方で!」

と、幸せなシークェンスの会話を(笑)

新茶の収穫時期にも関わらず、さまざまな「体験」をさせていただいた
森井ファームさんからのギフト3点
(以下、森井さんへのメッセージとして)

1、新茶のセット

森井さんのお茶は何度か買わせていただきましたが、
やはり今回の体験もあって、いつもに増して美味しく感じました。
「生産者の顔を見て買う」から、「生産者の仕事を見て買う」に
一歩ステージが上がったのでしょうか。


2、新茶の天ぷら

森井さんに「好きなだけ摘んで帰ってください」と言われて、
濡らしたキッチンペーパーと共に渡された袋に詰めた新芽。
茶の天ぷらがこんなに美味いものとは知りませんでした。

3、息子への言葉

我々が畑に着いた時、作業の合間、荷積みが終わってから、
製茶工場から戻った時、畑を離れる時と、
都度、お二人がかけて下さった「ありがとう」の言葉が、
息子には特別な響きとなって残ったようです。

成長していくうちに「ややこしい」時期を迎えることになるかと思いますが、
暮らしの中にお茶がある限り、体験させていただいたことは忘れないでしょう。
また機会があれば、お邪魔させていただきたいと思います。

ありがとうございました。


2015年2月8日日曜日

土曜日は市場へ出かけ…


…かぶせ茶と、ほうじ茶を買ってきた。
「市場」は、京都駅の近くにある梅小路公園で毎月第一土曜日に開かれる手作り市。

元々は、「素人さんが創った手づくりの作品を発表する場」として、
京都市在住の有志が始めたクラフト系の青空マーケットだったが、
回を重ねるうちに「手づくり」の解釈が広がり、
生産農家の方々も参加するイベントとなった模様。
(京都には、寺社仏閣の境内といった「ならではの空間」を使った市場が多い)

お目当ては、森井ファーム&森井長左衛門カフェさんのお茶。
以前、百貨店の前で出店されていた際に、たまたま通りがかって買い求めた
かぶせ茶と、ほうじ茶を再び味わいたいなと。


農家さんのお茶と、お茶屋さんのお茶の大きな違いは、「合組(ごうぐみ)」にある。

お茶屋さんは、お茶農家から仕入れた茶葉の特性を吟味して、
店で扱う銘柄に合った合組(ブレンド)を行い、年間を通して安定した茶の味を提供する。
その年の出来不出来や、畑による微妙な風味の違いも踏まえて、
顧客に同じクオリティの茶を提供するのだから、合組には非常に高い技術が求められる。
(複数の品種のブドウを「アッサンブラーシュ(組み合わせ)」するボルドーワインと似ている)

一方、お茶農家さんのお茶は、自分の畑で作った茶葉を製茶するので、
合組のような調整を行うことができず、味は茶の生産技術そのものに左右される。
(ワインで言うなら、単一品種で作るブルゴーニュに近いイメージか)

どちらが優れていると比べるものではない。
茶の味については好みがあり、要は好きか嫌いかでしかないからだ。

「生産農家さんの顔を見て、その方から茶を買う」という機会を愉しむ。
または、「今年のお茶はどんな味だろう?」と、もしかすると微妙に変化するかもしれない味に
胸を躍らせる…といったところだろうか。

「市場」が開かれる日に、別の用事が入ることがあるかもしれない。
天気が悪くて出かける気がしないということもあるかもしれない。
いつでも、確実に入手できるお茶屋さんと比べると、出会いにくいお茶かもしれない。
(もっとも、機会を逃さないためにも、ネットやFAXなどで注文を受ける農家さんがほとんどだが)

でも、と言うべきか、だからこそ、と言うべきか。

「市場」で出会う農家さんのお茶には「味がある」と思う。
ただ消費するだけでは詰まらない…ある「ひと手間」を楽しむことが、
お茶を味わうことではないかと思う今日この頃である。

…と、いうわけで、今日、市場で買った一口レモンケーキと
森井さんのところのほうじ茶という、ちょっと変わった組み合わせを試してみた。
次の「市場」に出かける日まで、たっぷりと楽しもう。


2015年2月4日水曜日

節分の福茶


大晦日や正月、あるいは節分といった季節の変わり目に、
無病息災を祈念して飲む縁起物、「福茶(ふくちゃ)」。

天暦5年(951年)、京の都で疫病が流行った時、
村上天皇から悪疫退散を命じられた六波羅密寺の空也上人が、
街頭で祈願しながら、台車に積んだ茶に梅干しを入れて振る舞ったところ沈静化した。
…という功徳にあやかり、宮中で元旦と節分に茶を服するようになった。
後に庶民が、その「皇服茶」、「王服茶」をならうようになったのが、
「大福茶」、「福茶」の始まりだとか。

「後に」というのが、具体的にいつの時代かは分からないが、
梅干しや昆布、豆(黒豆、炒り大豆)といった素材を入れるスタイルになったのは、
煎茶が生まれ、現代に近い茶が庶民に広まった江戸時代ではないか。

まめまめしく働くから、「豆」。
よろこぶにかけた「昆布」。
松竹梅のめでたさとかけて「梅」。

と、洒落が利いているあたり、何となくそうなのではないかと思う。

節分の「福茶」には、豆まき用の豆(福豆)を吉数である「三」つ入れる。
いつ、どこで、誰が言い出したのかは分からないが、
「年齢の数(または、年齢+1個)の豆を食べるのと同じだけ効果がある」
と、(ある意味、経済的な?)都合の良い効用を加えた人は、えらいなあと思う。

「福茶」の味わい方も地方によって色々あるようで、
静岡県・袋井市には、三粒の豆を茶釜に入れて、
家族のうち杓でこの豆をすくった人が、幸運に恵まれるといった
「遊び」のような云われがあるそうな。

炒り豆、梅干し、昆布はおろか、お茶すら置いていないという家庭は多いだろうが、
季節の変わり目に、どこかイベントめいた趣きを持たせた茶の習慣は、
どうにか残していけたらなあと感じた次第。

2015年2月3日火曜日

「玉露のうまい淹れ方」コンテスト/レポート


先日、2月1日(日)に開催された全国「玉露のうまい淹れ方」コンテスト京都府予選。

京都では初めての予選会ということもあり、
30名という参加者が多いのか少ないのか分からないが、
友人のナカヤマ氏と、私、嫁、息子の4人のうち、
「誰かが決勝まで勝ち上がればいいなあ」なんて、
ちらっとでも想像したことが恥ずかしくなるほどの精鋭ぞろいであった。

予選で使用したのは、100g/5000円の京田辺産の玉露。
直前に、大会要項と共にサンプルが送られてきたが、質の良い茶葉であった。
「茶葉を惜しまず、湯を惜しむ」と言われるように、
玉露特有の旨味を損なわずに「必要最低限の湯」で淹れることができるかがポイント。
…と、意識したつもりではいたのだけれど、
茶業を営むプロとおぼしき、他の参加者の皆さんほど思い切れなかった。

下の写真の左から二番目が私が淹れたもの。三番目が決勝に残った方のもの。
茶葉のエキスを絞り出したことが、澄んだ水色からも良く分かる。
同じ茶葉、同じ時間でも、その手順や分量で全く違った味になる。
正直、ここまで違いが出るものとは思わなかった…いやはや、勉強になった。


予選グループを勝ち上がった6名による決勝戦。
(友人のナカヤマ氏と、私、嫁、息子の4人は、当然?勝ち上がれなかった)

急須と湯冷ましといった茶器だけを使うのではなく、温度計や秤を使う選手もいた。
アジアン・ティーを淹れるものと思われるガラスの茶器を使われる方もいた。
その手順、その違いを見るだけでも参加した価値があったなあと。

優勝されたのは、宇治市の日本茶インストラクターの方。
所作に迷いがなく、優雅な手つきに見えた。普段から相当淹れておられるのだろう。

コンテストでの勝ち負けはさておき、「うわあ、ええ感じに淹れるなあ」と、
見る人に印象を与えられるレベルを目指そうと感じた次第。



いやあ、玉露って、本当にいいもんですねえ。

2015年1月30日金曜日

「玉露のうまい淹れ方」コンテスト/前々夜


全国「玉露のうまい淹れ方」コンテストの京都府予選会が京田辺市で行われる――

パートナーが見つけた記事で初めてその大会の存在を知った。
今回で「第9回」となる全国大会の本選は福岡市・八女市で行われてきた。

八女市と言えば、全国茶品評会の「玉露の部 産地賞」のタイトルホルダーであり、
数々の高級緑茶を生み出した本場・宇治の中でも、玉露を名産品とする
京田辺市からすると、最大のライバルと言える産地である。
京都府予選会は、「敵地に刺客を送り込む」ためのものと言って差し支えないだろう。

…と、面白がって特に迷うことなくエントリーをしたのだが、
いよいよ明後日が本番という今となって、なかなか難しいコンテストだな…と感じている。

事務局から送られてきた【競技要領】によると…

Ⅰ 対戦方法

①対戦方法は、予選は1班5人による一人勝ち抜き方法とし、各選手は審査用と選手本人用の試飲分を含む6人分の玉露を淹れていただきます。


②1回戦は、6班30名が競技を行います。


③決勝は、各班から1名の上位選手により、専門の審査員5人分の玉露を淹れていただきます。(選手本人の試飲分も淹れてもかまいません。合計6人分)


何が難しいかと言うと、「6人分」という量である。
普通の煎茶よりも少ないとは言え、なかなかの分量だ。
普段、せいぜい淹れても一度に2~3名分しか淹れたことがない。
「競技」で使用する急須や湯冷ましは「各選手」が持ち込むことになっている。
要は、普段使っている急須は容量が足りないのではないかという問題である。

京都予選会に出場する方は、このレギュレーションをどう受け止めているのだろう?
もっとも、いくつも茶器を持っているプロの方や、それに近い愛好家の方も多いだろう。

…勝ち負けのことを考えてどうする。
30名もの「選手」が、それぞれの道具を使って、真剣に玉露と向き合うのだ。
愉しくないわけがない。

別のグループの5名の選手が淹れた玉露を味わい、その優劣をつける審査が楽しみだ。
一体、どんな一日になるのだろうか?詳しいレポートは、また後日。