2015年2月3日火曜日

「玉露のうまい淹れ方」コンテスト/レポート


先日、2月1日(日)に開催された全国「玉露のうまい淹れ方」コンテスト京都府予選。

京都では初めての予選会ということもあり、
30名という参加者が多いのか少ないのか分からないが、
友人のナカヤマ氏と、私、嫁、息子の4人のうち、
「誰かが決勝まで勝ち上がればいいなあ」なんて、
ちらっとでも想像したことが恥ずかしくなるほどの精鋭ぞろいであった。

予選で使用したのは、100g/5000円の京田辺産の玉露。
直前に、大会要項と共にサンプルが送られてきたが、質の良い茶葉であった。
「茶葉を惜しまず、湯を惜しむ」と言われるように、
玉露特有の旨味を損なわずに「必要最低限の湯」で淹れることができるかがポイント。
…と、意識したつもりではいたのだけれど、
茶業を営むプロとおぼしき、他の参加者の皆さんほど思い切れなかった。

下の写真の左から二番目が私が淹れたもの。三番目が決勝に残った方のもの。
茶葉のエキスを絞り出したことが、澄んだ水色からも良く分かる。
同じ茶葉、同じ時間でも、その手順や分量で全く違った味になる。
正直、ここまで違いが出るものとは思わなかった…いやはや、勉強になった。


予選グループを勝ち上がった6名による決勝戦。
(友人のナカヤマ氏と、私、嫁、息子の4人は、当然?勝ち上がれなかった)

急須と湯冷ましといった茶器だけを使うのではなく、温度計や秤を使う選手もいた。
アジアン・ティーを淹れるものと思われるガラスの茶器を使われる方もいた。
その手順、その違いを見るだけでも参加した価値があったなあと。

優勝されたのは、宇治市の日本茶インストラクターの方。
所作に迷いがなく、優雅な手つきに見えた。普段から相当淹れておられるのだろう。

コンテストでの勝ち負けはさておき、「うわあ、ええ感じに淹れるなあ」と、
見る人に印象を与えられるレベルを目指そうと感じた次第。



いやあ、玉露って、本当にいいもんですねえ。

2015年1月30日金曜日

「玉露のうまい淹れ方」コンテスト/前々夜


全国「玉露のうまい淹れ方」コンテストの京都府予選会が京田辺市で行われる――

パートナーが見つけた記事で初めてその大会の存在を知った。
今回で「第9回」となる全国大会の本選は福岡市・八女市で行われてきた。

八女市と言えば、全国茶品評会の「玉露の部 産地賞」のタイトルホルダーであり、
数々の高級緑茶を生み出した本場・宇治の中でも、玉露を名産品とする
京田辺市からすると、最大のライバルと言える産地である。
京都府予選会は、「敵地に刺客を送り込む」ためのものと言って差し支えないだろう。

…と、面白がって特に迷うことなくエントリーをしたのだが、
いよいよ明後日が本番という今となって、なかなか難しいコンテストだな…と感じている。

事務局から送られてきた【競技要領】によると…

Ⅰ 対戦方法

①対戦方法は、予選は1班5人による一人勝ち抜き方法とし、各選手は審査用と選手本人用の試飲分を含む6人分の玉露を淹れていただきます。


②1回戦は、6班30名が競技を行います。


③決勝は、各班から1名の上位選手により、専門の審査員5人分の玉露を淹れていただきます。(選手本人の試飲分も淹れてもかまいません。合計6人分)


何が難しいかと言うと、「6人分」という量である。
普通の煎茶よりも少ないとは言え、なかなかの分量だ。
普段、せいぜい淹れても一度に2~3名分しか淹れたことがない。
「競技」で使用する急須や湯冷ましは「各選手」が持ち込むことになっている。
要は、普段使っている急須は容量が足りないのではないかという問題である。

京都予選会に出場する方は、このレギュレーションをどう受け止めているのだろう?
もっとも、いくつも茶器を持っているプロの方や、それに近い愛好家の方も多いだろう。

…勝ち負けのことを考えてどうする。
30名もの「選手」が、それぞれの道具を使って、真剣に玉露と向き合うのだ。
愉しくないわけがない。

別のグループの5名の選手が淹れた玉露を味わい、その優劣をつける審査が楽しみだ。
一体、どんな一日になるのだろうか?詳しいレポートは、また後日。


2015年1月20日火曜日

「点てる」ってなんだろ「点てる」ってなぁに?


先日、ぼーっとテレビを観ていると大人の休日がなんたらかんたらという番組を衛星まで使用して放送しており、その番組はある有名な女性モデルが台湾でなんたらかんたらという内容であって、自分は半分以上、或いはそれ以上に弛緩した状態でそれを眺めていると「中国茶の点てかた」というテロップが自分の眼に飛び込んできて何やら「違和感」を覚えた。

「中国茶の点てかたやと…」

これはどうも「このお茶は急須で淹れたものかペットボトルのものかどちらでしょーか?」と和菓子職人に問うが如く「なんか違うやろ…」とかなり弛緩した状態でも思ったのである。

「コーヒーをたてる」という表現は皆さんも耳にしたことがあると思いますが、これも実際はどうかと考えてみるに「違う」気がしていて、コーヒーもやはり「淹れる」というのが正解なのではないかと自分は思う。

しかし「コーヒーを立てる」或いは「点てる」というのはあながち間違いではないというか気分的には理解できるのであって、それはドリップの際に細かな泡が立つという「泡の存在」があるからではないだろうか。

「点てる」を考えるとこれは当然ながら「抹茶」である。

「お抹茶を点てます」これが正解であると思うが、「点てる」を調べてみると「点」には「いれる」とか「少し」という意味が含まれており少量のお茶を作るという意味で抹茶の場合はこれを「点茶」という。

だがこれに他のお茶も当てはめてしまうと少量だけ淹れるお茶の玉露、高級煎茶なども含まれてしまうのではないかと考えるとこれはおかしい気がする。

「玉露を点てます」或いは「煎茶を点てます」という表現は今まで聞いたことが一度もない。

こうして考えてみると「泡の存在」なんてものは全く関係がないのであって、抹茶を点てた際にできる「泡」とコーヒーをドリップする際の「泡」の感じが似ているというか、茶筅で立てるのとは全く違うけれども「コーヒーは点てる」でも許せる「感覚」が自分の中にはあることに気づいた。

ここで台湾の件に戻るのだが、番組で女性モデルが台湾の有名な「茶屋」に行って「中国茶の作法」を習うという内容で日本語のやたら上手な台湾のお茶の先生が登場し、中国茶(白茶)の楽しみ方、作法などを女性モデルに教えているのであるが、その中で先生は「お茶を点てる」とおもいっきり仰っておられた。

これには弛緩しきっておった自分も「何やと?」となったのは上でも書したけれども、ひょっとして中国では一般的にお茶を淹れることを「点てる」と表現するのであろうか。

新たな疑問が沸いて今度は脳が「弛緩」したのは云うまでもない。



2015年1月9日金曜日

笠置に入らずんばひげ茶を得ず。

昨年末、京都府相楽郡笠置町にある天然温泉施設「笠置いこいの館」へ兄家族に連れて行ってもらった際、ロビーで見慣れない「草」が透明のビニール袋に詰め込まれプラステック製の箱(給食パン入れのようなもの)に積まれて販売されていた。

その一つを手に取り眺めていると、それは完全に「アカン草」のような形状をしており、ビニール袋の口は輪ゴムで縛られているだけで「この辺りではタ○マは合法なのか」と思わせる風情であって「完全に乾燥タ○マやん」と思ったがここは日本であり、その様なものが合法な訳がないのであって、ビニール袋に張られたシールを読んでみるとそこには「ひげ茶、月ヶ瀬産」と書いてある。

笠木町付近には云わずと知れた「茶所」である和束町、南山城村があり、奈良県との県境ということもあって「月ヶ瀬産のひげ茶」も近くの生産農家の方から仕入れて売っているのであろうと推測される。

この「出物」と呼ばれる仕上げ茶にならないお茶の副産物でよく耳にするのが「かりがね茶」という茎茶と葉が粉状になった「粉茶」ですが、「ひげ茶」は店頭などでは一切見かけることはない「レア」なお茶であり、茎の皮を薄く剥いである部分がくるくると巻いた状態が特徴的な茶産地でしか購入できない物なので即購入、250グラムで\325である。安い。

恥ずかしながら自分は「ひげ茶」の存在は知っていたが実際に手にするのは初めてであったので興奮していたのか、ひげ茶の隣にあった和束産の番茶も購入してしまい茶の量が多いので兄家族と半分ずつシェア。

自宅でひげ茶を淹れてみた。

いろいろやってみるに、ひげ茶はかなりの量を急須に入れないとあまり出ないので、これでもかというぐらいに「ひげ」を急須に入れる。



水色はキレイな黄金色、味は少々の酸味を含んでおり香りは緑が強い感じでさっぱりしていて飲みやすい。お世辞にも「めちゃめちゃ美味しい」とはいえないかもしれないが、爽やかな酸味でスッキリしたい時、二日酔いの朝、食後のお茶等にはとても良いと思う。


お好きな方はこのひげ茶の茶殻でふりかけを作って食されているらしく「ほんまお茶は捨てるとこないな~」と再び関心。

なかなか「ひげ茶」を購入するのは難しいと思われるが「茶所」と呼ばれる地域の宿、温泉施設などに行く機会があれば探して購入してみてはいかがだろうか。



2014年12月6日土曜日

入賞煎茶は覚醒するのか。

煎茶にもいろいろあって、ベーシックでリーズナボーなものからハイエンドなものまでありますが、中でも「入賞茶」と銘打たれでいるものがあって、これは何処そこの品評会にて入賞した煎茶を商品化したものである。

自分は「20%オフ」という言葉に負けてその煎茶を購入し「入賞って結局は何位?」とか独り言を呟きながら早速、70℃程まで冷ましたお湯で淹れてみたところ、水色は若干であるが赤く感じ「ひょっとしてこれ古い?」と思ってパッケージで確認してみると賞味期限はたっぷりと残っていた。

その一煎目を飲んでみるに「なんかアカン…」という感じであり、何処がアカンのかよく分からないまま熱めの湯で二煎目を淹れると一煎目とは明らかに違う水色であって「これで普通な感じやけど……」と思いつつ飲んでみるとなかなかに美味しい。そして不思議。

「熱めの湯で淹れたほうがええのんか?」と考えて新しい茶葉で試してみると、今度は渋みが強すぎてまた失敗した。

実にコントロールの難しい煎茶である。

湯の温度、茶葉の量、抽出時間が非常にシビヤな感じであり、そこは入賞煎茶である故に「違いのわかる男」にしか上手く淹れることは出来ない「プロ用煎茶」なのであろうか。

レース用にカリカリにチューンされた車というのは繊細であって扱いも難しいのと同じかと、何となくそれと重ね合わせて「ほぉ~」とか「えええ」とか独り言が増えて困るが、こういう煎茶は一般の方が「お客様用」なんて考えで購入して、いざ淹れてみてもなかなか美味しく淹れるのは難しいのではないだろうか。

故に一度購入しても「値段は高いしあんまり美味しくない」という評価になり「売れない煎茶」にならないのかが非常に心配である。

まだまだ「入賞煎茶」の塩対応は続く見通し。


余談であるが上記の煎茶を購入した茶屋で来年のカレンダーを頂戴した。

そのカレンダーの写真に添えられた言葉は「礼儀を正しながら、一年を誓う神妙な気持ちでいただくお抹茶。お茶に由縁が深い天満宮の御神域で格別に心が引き締まります」とあった。

ある女性芸能人が京都の茶に縁の深い場所でお茶を点てたり淹れたりという様が写真に映し出されているのだが、その全てが「合成」であり、着物を着た女性芸能人とその他エキストラD級芸能事務所のモデル達は北野天満宮や東本願寺渉成園、平等院等には全く行っておらず、どこかのスタジオでココアとカントリーマアムなんかを食しながらブルーバック、或いは背景無しで写真を撮影し、取っ払いでギャラを貰って帰りにカラオケで打ち上げというのがオチであろう。

自分はその中身を見て第一声「ぜんぜん心引き締まってないやん…」と呟き、ここまでバレバレの合成写真も珍しいなと思ったついでに少し切なくもなった。

来年のカレンダーだけに鬼も失笑である。


※追記
某女性芸能人とD級芸能事務所のモデル達と書いたが、この芸能人以外(子役除く)は裏千家であるとか所謂ところの「道」の方々らしいのでここで訂正しておきます。



2014年11月18日火曜日

「朝茶に別れるな」


他には、「朝茶には福が増す」、「朝茶はその日の難逃れ」、「朝茶は七里帰っても飲め」など、
とにかく、昔の人は「朝、お茶を飲むとええことあるで」と、推し続けてきたわけです。

11月も半ばを過ぎて、朝の冷え込みは冬のそれ。
ウチのコドモたちも、「風邪の諸症状」が出始めてきたので、
体調を整えるためにも、改めて「朝茶」を薦めようかと思う次第。

「風邪にはビタミンC」という定説(是非はさておき)がありますが、
サプリメント(合成アスコルビン酸)で摂ろうとするのではなく、
吸収率の良い天然モノ、朝茶によるビタミンC摂取の方が断然良いかと。

ここで念を押しておきたいのが、「茶のビタミンCは壊れにくい」ということ。
熱やアルカリに弱いと知られるビタミンC(野菜を10分茹でると、約半分に)。
お茶のカテキン類が、ビタミンCの安定化を促す働きを持っているとか。
栄養は、食物から摂るべきだということが良く分かります。

もっとも、「朝茶」のことわざは、「朝からビタミンCを摂ろうぜ」という話ではなく、
「お茶を飲む余裕ぐらい持ちなさいよ」というメッセージだと思いますが、
それでも、プラシーボ効果が高まるなら、知っておいて損のない知識ではないかと。

2014年11月17日月曜日

今更ながらマニュアル通りに淹れてみる。

お茶を購入すると包装の裏面に「美味しい淹れ方」なる説明書きがあることに着目し、今回はこの「説明書き」の通りにお茶を淹れてみるとどうなるかという実験をしてみました。
某有名茶屋の煎茶を説明書きの通り三人分。
①お湯をよく沸騰させます。(三人分200cc)
②急須に茶葉大さじ2杯(10g)を入れ、沸騰したお湯を80度位まで冷ましてから注ぎます。
③しばらくおいて、茶味が均等になるように注意しながら湯吞みに注ぎ分けます。
 この時、急須のお茶は必ず最後の一滴まで注ぎきるようにしてください。
上記の通り淹れてみるに、なるほど美味しかったのであるが、ここで問題なのは80度位まで冷ましたお湯を茶葉が入った急須に入れるという件なのだが、これをすることによって80度の湯は使用する急須の大きさ等にもよるが大まかには10℃ほど下がる筈である。
10℃下がって70℃なら丁度良い上茶であるが、自分がここで「ん?」と思ったのは急須を温めていないという点であり、急須に沸騰したお湯を入れ、そこから湯のみ、湯冷ましという流れで70℃で淹れるのと今回のように80℃のお湯を何もしていない急須で淹れることに「差」があるのではないかと自分は思ったのだが、この疑問は次回に回すことにする。
流石に「お茶屋」の煎茶にある説明書きは説得力というか、当然であるが商っている商品を理解しておられるので「美味しく」淹れることは出来たが上で書した様な問題、或いは「しばらくおいて」という曖昧な表現をクリアにしたいところではある。
しかし、全てを真に受けることなく自分の「好み」で淹れればよい訳なので、あまりにもガチガチにマニュアル化するのもどうかと思うし難しい。

今度は大型スーパーで売られている比較的「良い」煎茶をこれまた説明書きの通りに淹れてみました。
スーパーの煎茶(二人分)
①お湯を充分沸騰させてください。(二人分180cc)
②急須、茶碗をあらかじめ温めておきます。
③茶葉6gを急須に入れます。(ティースプーン約2杯)
④少し冷ましたお湯(約70度)を急須に注いでください。
⑤約1分後お茶の色が均等になるように、ゆっくりと残さず茶碗に注ぎ分けてください。
上記の通り淹れてみるに、結果は「全くお茶が出ていない」という結果であり残念であったが、あと30秒ほど待てば結果は違ったと思う。
「条件」というのが様々にあって、上記のように淹れて「美味しく」淹れることが可能なのかもしれないが、ここで感じたのは「説明書き」を頭の片隅に置きながら「自分なりの淹れかた」を見つけ出すというのが大切なのであり、1回の失敗で「このお茶アカンわ…」とするのではなく様々な角度からアプローチすることによってそのお茶の持つ「ポテンシャル」を引き出すというのも面白いのではないかと思った今日この頃なのであるが、こんなに長々と書いて一体誰が興味あんねんと嘆きつつ筆を置くことにします。